Hikojiro Fujisawa Web Gallery   藤沢 彦二郎 ウェブギャラリー



2022年5月15日(日) 静物画 

タイトル未定(セキセイインコのマスコット)
サイズ: 11×11㎝
画材: 紙にアクリル絵具

昨年10月22日で紹介したラフな鉛筆画を、真面目に絵具で描きました。

気に入ったモチーフを静物画にするのを、今後シリーズ化して描いていこうと思っています。


2022年5月8日(日) 新作の鉛筆画 

タイトル 未定(仮のタイトル「バス停の町」)
大きさ ハガキサイズ
画材 鉛筆、色鉛筆

久しぶりの鉛筆画です。

どこにでもありそうで、どこにもない景色。
戦争も暴力も悲劇もない、平和で穏やかな時間だけが流れている。

2022年5月1日(日) 外苑前 

新緑の季節です。
美しいです。
用事のついでに外苑前の銀杏並木に寄ってきました。
黄色く色づいた紅葉の季節も素敵ですが、私は新緑の頃が好きです。

紅葉の時期のようにテレビのニュースで紹介されたりしないから閑散としています。
時々犬を連れて散歩している人が目の前を通り過ぎて行きます。
なので私はこうしてベンチにのんびり悠々と腰かけて、心地良い時を過ごしたのでした。
おしまい。

2022年4月24日(日) 赤坂迎賓館 

「私は今パリにいます。」と言っても嘘を言っているようには見えない、ヨーロッパの宮殿みたいな迎賓館。
一度でいいから中をこの目で見たいと思っていましたが、何年か前から通年一般公開になっていて、先日ついに見てきました。

平日の雨の日とあって見学者はとても少なく、豪華絢爛の大広間をほぼ独り占め状態でした。
私にとって謎だった、天上画を誰がどうやって作ったかを、ボランティアのガイドさんから聞くこともできてスッキリしました。

現役の迎賓館をこうして一般公開するとなると、警備やらなにやらで人手が必要で大変だなと見ていて感じたのですが、よく踏み込んでくださいました。
有り難いです。

2022年4月17日(日) 「脱力」スケッチ 2 

これも20年前の「脱力」スケッチです。
聞いたことのないメーカーのCDラジオです。
これは3年ぐらいで壊れましたが、現在でも机の上に載せても邪魔にならない薄型で、ロープライスのものを好んで使っています。
音に関しては贅沢を言いません。
普通に聴こえれば満足です。

最近は場所を取らないデジタルオーディオも使うようになりましたが、お気に入りのアーティストのものはCDです。
やはり物体の方が愛着が湧いて、宝物感を味わえて楽しみがあります。

2022年4月10日(日) 「脱力」スケッチ 

新作はまだしばらく出来ません。
穴埋めにいろいろ載せて行きます。

今からちょうど20年前、日記のような感覚で日筆というのを描いていた時がありました。
これがその最初の1枚です。
でも長続きせず、結局15枚位描いてやめてしまいましたが。

私は一生懸命気合を入れて、何本もたくさん線描をしてデッサンしないと形が掴めないのです。
でもそれが苦痛で、それでこういう気の抜けた線描で、気楽に描いたら楽しいだろうなと思って始めたのがこの「脱力」スケッチでした。

このモチーフは20年前に使っていたデジカメです。200万画素でした。
レンズがボディの片側にグッと寄っている、このデジカメであることを強く主張したデザインが好きなのです。

2022年4月3日(日) 新作 

「新しい季節を告げる鳥」 4号 キャンバスにアクリル絵具

ようやく完成しました。
昨年の1月に載せたエスキースがもとです。
少し違ったものになりました。
試行錯誤というか、迷走した結果です。

自分の絵もこれから、これまでと違う表現のものを作りたいと願って、そんな思いもあって付けたタイトルです。


2022年3月27日(日) 小出し 

アクリル画の新作があとちょっとで完成の所で、体調不良で足踏みしています。
どこか具合が悪いと何もやる気が出なくて、ヘタレています。
まだまだ充電が足りないと考えるようにして、やる気が自然に出てくるまで待つことにします。

なので画像は、完成している部分をトリミングして載せています。
来週全体像が載せられたらいいのですが。


2022年3月20日(日) 振り返り中 最終回

「ささめき」 制作年1999年 30号

長い紆余曲折の後、やっと今に直接つながる絵になりました。
今は個展のときによく人から「人柄と絵が同じですね」と言われますが、直線的で尖った絵を描いていた頃は「作品と実際の人物が一致しない」と言われていました。
それだけどこかで無理をしていたのでしょうね。

振り返りもこれで終わりにしたいと思います。
体調がまだ本調子ではなくて、なので新作はときどき、ほかに日々のつれづれなどを載せていけたらと思っています。

2022年3月12日(土) 振り返り中 第20回

「Virtual material」 制作年1998年 50号

白い絵具を筆ではじいて飛び散る白を光跡に見立てた表現は、そのまま抽象画に近づいて行きました。
そしてこの完成した作品を見て、「これはもう抽象画であって、絵を描き始めた若い頃に思い描いた世界と、なんてかけ離れてしまったのだろう。」という感慨でいっぱいになりました。
恩師の助言のテーマを持ちながら、公募展、コンクールで良い評価を得るために制作してきましたが、表現がもうこれ以上先のない行き止まりに来てしまいました。
同時に、やり尽した満足感もありました。
この作品を最後にして、夢見がちだった若い頃にまた戻って、ふりだしから始めたくなりました。
あの頃は未熟で技術が追いつかなく描けなかった世界も、今なら描ける気がしました。
それで初めの頃の具象画に完全に戻ります。

2022年3月6日(日) 振り返り中 第19回

「冬原」 制作年1994年 8号

1994年、公募展向けの大作と並行して、このような小品を描き始めました。
ある日ある瞬間から、小さな絵でいいから夜の静寂の世界が無性に描きたくなりました。
大げさなテーマを掲げた大作もいいけれども、等身大の自分の気持ちを絵にした小品もいいなと思いました。

そして段々と公募展向けの大作を描くことに疑問を持ち始めます。
大きな会場で大勢の人の前で大声で演説をするような制作発表が、自分には一生懸命背伸びをして無理をしているように意識し始めました。
小さな部屋で一人を前にして語りかけるような、そんな絵が自分には性に合っているように思い始めました。

2022年2月27日(日) 振り返り中 第18回

「光茫」 制作年1995年 130号

クルマの光跡だけが写った道路の写真を見たとき、光跡以外何も写っていない夜の街に、自分の絵のテーマだった「都市の喧騒と人間性不在の静寂」を感じ、しばらく光跡をモチーフに作品にして行くことにしました。

この絵は当時出品していた団体展で賞を貰って会員に選ばれ、念願だった安井賞展にも入選し、更にこれも夢だった本の表紙に採用され、私に幾つものご褒美をもたらしてくれました。

光跡を表現するのに使っていた絵具のブラッシングの技法は瞬発的な緊張感が必要で、じっくり描くタイプだった自分には背伸びをした表現でした。
そのせいでしょうか、一方で本当の静寂の世界を、ある日突然描きたくなりました。

2022年2月20日(日) 振り返り中 第17回

「ペデストリアンデッキより」 制作年1992年 130号

ザハ・ハディッドのレンダリング集を初めて見たときは本当に心がトキメキました。
それまでの建築家のそれとは次元の違う、まるで新しい造形感覚の抽象絵画を見るようで、すっかり魅了されました。
そんな影響もあり、私の絵はより鋭角的になって行きます。

しかし鋭角的になればなるほど、現代都市の郊外を描くという始めの主題は見えにくくなって、本来訴えかけるはずだった何かが失われて行きました。

2022年2月13日(日) 振り返り中 第16回

「A33-206」  制作年:1990  120号と130号の間
建築家の描くドローイング(レンダリング)は、完成した実物の建物と違って、建築家の素の思いが直に感じられて、絵画として見ても美しく素晴らしいものがあります。
この頃の私は古今東西の絵画よりも、そんな建築家のドローイングに魅せられていました。
その中でイギリスの建築家集団アーキグラムの中心人物ピーター・クックのドローイングはカラフルでポップで抽象絵画的なものもあり、魅了されました。

私の描く絵は、もはや初めの頃のシュールレアリスムや形而上絵画に影響を受けた作風から遠く離れて、益々インパクトを求めて別のものになって行きます。
このあと更に強烈な建築家のドローイングに出会います。

2022年2月6日(日) 振り返り中 第15回

「集積」  制作年:1989  120号
29歳の時の作品です。
殺風景だった画面から、更にインパクトを求めて、現代都市のモンタージュ的な構成に変わった頃です。
完成したこの絵を見て、自分が空を飛んでいるみたいで痛快でした。
何か新しい扉を開いたような気がして、この年の制作は調子付いていました。
でも何枚か描いているうちに、これも飽きてきます。
建物を何十棟も描くのも嫌になってきました。

「これいいな」と感じた視覚的情報に触れて、すぐに感化されて自分の絵に取り入れたくなりました。
更に画面が構成的になって、現実の描写から離れて行きます。

2022年1月30日(日) 振り返り中 第14回

「郊外」  制作年:1988  150号
まだ若く、勢いで描いていたこの頃は大作を描くのが楽しく、今思えば貴重な時間でした。
当時はピンと来なかった恩師の言葉「藤沢君、今のうちにたくさん大きい絵を描いておいて。」の意味が、今になってよく分ります。
私のような筆使いで大作を描くのは肉体的にキツくなりました。

この頃になると、現代都市の喧騒と、その真逆の都市に内在する人間性不在の静寂を、一つの画面に同居させることを目指して描き始めました。

当時、150号を展示できる貸画廊は現代美術専門の所しかなく、「あなたの作品は現代美術じゃないからうちでは無理」と言われたことで、私の「現代美術」不信は増幅しました。
この150号は遊びに来た友人一人が見た以外は誰の目にも触れられずに、長い間巻いた状態で実家にありましたが、結局これも廃棄しました。

2022年1月23日(日) 振り返り中 第13

制作年:1987  130号
実家に程近い所に開通した幹線道路のバイパスは、こんな金属製の防音壁が延々続いていました。
私の大好きだったレコードジャケット(ウェス・モンゴメリーのロードソング)を思い浮かべ、絵にしたいと思いました。
この頃になるとインパクトを求めて画面を直線だけで構成するようになり、現実の風景から離れて行きます。
初個展を銀座の貸画廊で開いた時のDMに使った絵です。
自分の中の原風景の一つである郊外をテーマに、自然破壊への抗議でもなく、文明賛歌でもない、情を挟まない透徹したニュートラルな世界を描きたかったのです。

 

2022年1月16日(日) 振り返り中 第12回

制作年:1987  6号
この頃の制作の中心は公募展向けの大作ばかりでした。
沢山の応募作品の中で、いかに審査員の目に留まるかに気を取られがちになり、そうすると段々と気付かないうちに、作品もそういう顔になって行きました。

そんな制作活動の合間にときどきこのような小品を描くことがありました。
建て替えで住民が退去して行く中の、真冬の都営住宅のスケッチがもとです。
大作はひと気のない新開地、小品は人が去って行く住宅地と、考えれば私は「ひと」が制作の裏テーマなのだと気付きます。
 

2022年1月9日(日) 振り返り中 第11回

制作年:1986  100号
普通の目線の風景画でない、何か違うものを求めて暗中模索していた頃の絵です。
真横からと俯瞰の視点を組み合わせて構成していて、ちょっと変です。
建設途上の茫々とした、ひと気のない造成地に心惹かれて描いていたその頃の私は、やはり心もどこか病んでいて、対人恐怖だったり視線恐怖だったり、今で言うコミュ障だったりで、絵はその人の心を映すようで、自分のことながら興味深いです。
 

2022年1月2日(日) あけましておめでとうございます。

昨年は体調不良で一年の3分の1を棒に振ってしまいましたが、休養を取るのにいい機会と捉えることにして過ごしておりました。
年が明けてまた新たな気持ちで制作に励みたいと思います。

このホームページの作品コーナーも2014年以降ずっと手付かずでしたが、その後の未掲載作品を含め作品を絞り、新しく鉛筆画コーナーを設けて更新しました。

こちらは引き続き、しばらく昔の作品の振り返りを紹介して参ります。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 2020-2021年へ


Copyrights(C) Hikojiro Fujisawa, All Rights Reserved.