Hikojiro Fujisawa Web Gallery   藤沢 彦二郎 ウェブギャラリー


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2015年12月25日(金)  恩師のこと
 先日、大学の恩師がこの秋に亡くなったと、人から聞いて知った。
いろいろと目を掛けて頂き有り難かったが、感謝の言葉も言えないまま逝かれてしまった。
先生についてはたくさんの思い出があるが、振り返れば私にとっては掴みどころのない不思議な先生だったように思う。
先生から向けられた言葉や問い、それらが未だに理解できないでいるからだ。
当時の先生の年齢を、今の自分はとうに越えているというのにだ。
もはや永遠に分らないだろうと、諦めている。
先生は私に「夜の絵なんて描いちゃだめ」だとか、「アクリルじゃなくて油絵具で描いた方がいい」だとか、ほかにも様々に具体的なダメ出しをするのだが、それらの理由を語ってくれたことは一度もなかった。
宙に放り出し、そして自分の足で着地(解決、理解)するように仕向けていると思った。
 酒の席で「この男は教師の言う事を一つも聞かないひどい男でさ。」と冗談なのか本気なのか、そう言って人に私を紹介していた。
私としてはむしろ、教師の言う事をあの頃聞き入れすぎたと今でも思ったりする。
自分を押し通してそのまま描いていたら、今どうなっていただろうかとも思う。
確固とした自分の世界が広がっただろうか?それとも途中で行き詰まり、路頭に迷っていただろうか?
答えは出ないが、しかし今描いている今の自分の絵は、師の薫陶の延長上にある一筋の曲がりくねった道の上にある、という事実を素直に受け止めようと思う。
そして自分の絵が世に認められることが、先生への唯一の恩返しだと思っている。

2015年12月20日(日)
  アイデアスケッチ、エスキース・ストック、ボツ・スクラップ、遊びの絵、etc・・・第3回
「ケーキショップのウインドー」
 この季節になると街の景色はクリスマス色になって、あちこちの華やかな装飾や電飾に、思わず見とれて足を止めてしまうことがある。
それで、クリスマスに彩られた街の景色を絵にしたいとは思うのだが、こういう季節ものは、そのシーズンが終わってしまえば発表の機会がない。
ケーキ屋が一年中クリスマスケーキを売るわけにはいかないのと同じだ。
そのうち心にも時間にも余裕というものが出来るようになった暁には、クリスマスに彩られた街の絵を描こうと思っている。
いつになるかは全く分からないが・・・。

2015年12月9日(水)  「ジェントル・レイン」
靖山画廊で7日より始まった「たいせつなもの展」に展示中の2点のうちの1点です。
鉛筆画です。とても小さいです。ハガキ1枚分ぐらい。
でも絵具で描くのと同じくらい、いやそれ以上神経を使います。
鉛筆画はたいした枚数を描いていませんが、ちょっと描くのがシンどくなってしまいました。しばらく描く気になれません。
 作品いついて・・・
傘屋さんって少なくなりましたね。
この絵は、ふた昔ぐらい前の銀座の、街角に佇ずむようにあった傘屋さんです。
今頃はもう鉛筆みたいにノッポなビルに建て替わってしまい、幻です。
(全部フィクションです。)

2015年12月1日(火) 12月の絵 「熱帯雨林の店」
制作メモ: 
雨が上がったばかりの都会の夜。
そこだけ熱帯のような、観葉植物のお店。

今月7日から始まる靖山画廊「たいせつなもの展」に出品いたします。
銀座へお出掛けの際は、ぜひお立ち寄りください。


2015年11月19日(木) 
アイデアスケッチ、エスキース・ストック、ボツ・スクラップ、遊びの絵、etc・・・第2回
 「2階の喫茶店」
11月も下旬になると木枯らしが吹いて、夜はぐんと冷えて寒い。
仕事帰り、電車を待つホームから、ふと見上げると駅前の喫茶店が目に入った。
天上の照明の列、窓際の観葉植物、憩う人々のシルエット・・・。
急に人恋しくなって胸がキュンとなる。
(フィクションです。)

追記:でもやっぱり半分以上ノンフィクションです。

2015年11月8日(日) 
アイデアスケッチ、エスキース・ストック、ボツ・スクラップ、遊びの絵、etc・・・第1回
 最近はこのコーナー、サボって月一になってしまいました。
もうちょっと気を入れて何かしないと・・・、ということで今までに考えついたいろいろなもの、不定期にランダムに載せていきます。
いつまで続くかわかりませんが・・・。

「秘密基地」
地下鉄はだいたい道路の真下に建設されているが、その工事現場となる道路にはこのような形の、作業員用出入り口と思われる青い色の構造物がある。
唐突感が赤瀬川源平のトマソン風で、好奇心をくすぐる。
入り口だけが地上にあって地下に酒場があったりしたら、きっとオジサンたちの中に残る、少年の心をくすぐられて人気店になるんじゃないか・・・、なんてなことを考えた。

2015年11月1日(日) 11月の絵 「静かな店」
 11月になると急に肌寒くなり、日が暮れるのも早く、秋の深まりを感じるようになります。
なぜか私、この晩秋から初冬にかけての季節がいちばん好きです。

この絵はそんな季節、日が暮れかかる頃の、表参道界隈の路地裏を散策して見つけた、小さな輸入雑貨店のディスプレイに、静かな時間が流れる世界を感じた瞬間・・・、というイメージを描きました。あくまでフィクションです。
でも本当にこの季節、この界隈を散策するのが好きです。
外苑前の銀杏並木も毎年のように見に行っています。
何をするわけでもなく、ただ歩くだけなんですが、それが楽しい。


2015年10月1日(木) 10月の絵 「移動カフェテラス」
 街で飲食店系の移動販売車を見かけるようになったのは、いつの頃からだろうか。
喉が渇いているでもお腹がすいているでもないのに、そこで買いたくなる。
特に今頃の季節は、夏の暑さと冬の寒さの間にあって、ひんやりと乾いた夜気にあたりながら、ここにいるタヌキ(?)さんのように、まったりと時間を過ごせたらいいだろうな。

振り返ってみたら7月もカフェテラスの絵だったし、4月もそうだ。今年はこのパターンの絵が多いけど、気が済むまで描いてみる。

2015年9月1日(火) 9月の絵 「ラウンジ」
 ラウンジ = ホテルやビルディングなどで、いすやソファーを置いてある社交室・休憩室 と手元にある旺文社の国語辞典に載っている。
 いきなり脱線するがこの辞典は私が中学に入学した際、父が買ってくれたもので、よほど製本がしっかりしているらしく、ページがばらけてくることもなく、40年以上愛用している。
 更に横道に逸れるがこの辞典の巻頭文「刊行にあたり」を著している、当時の旺文社社長 赤尾好夫氏の自邸は、私の生まれ育った町内にあり、この辺りでは破格の豪邸であった。当時幼稚園も運営しており、私の姉と兄はそこの卒園であるが、私はワケあり問題児で、そこには入園できなかった。

 話が逸れすぎました。今月の絵「ラウンジ」のこと。
パレットに余った絵具を紙片に塗ったら面白い色面ができたので、その紙片を素にイメージを膨らませて描いたものです。説明はそのくらいにして、絵の中に入って寛いでいってください。

2015年8月1日(土) 8月の絵 「わたしの大切なもの」

 わたしの大切なものは、とがったものがとても苦手。
 わたしの大切なものは空気のよう。
 わたしの頭上でふわりふわり。

 風が強く吹いてきて初めて気づいた。
 わたしの大切なものはいつもわたしの頭上にあるのではなく、
 わたしが強く握っていなければ、
 あっという間に風にさらわれて飛んで行ってしまうことに。



2015年7月1日(水) 7月の絵 「深夜のカフェテラス」
 もしもコンビニのように24時間営業のカフェがあったら、
AM3:20頃はこんな感じかな・・・と想像してみる。
客足が途絶えて、店員もちょっと影に隠れて姿が見えない。
 昼間とは違う表情のテラス席。
ぼんやりと座って佇んでいる自分を想像してみる。
東の空が白んで来るまで。


2015年6月14日(日) 自転車に乗るのは楽しい
 通勤用のほかに、ポタリング用にもう一台買ってしまいました。
16インチ6段変速のフィアットです。車体のあちこちにフィアットのエンブレムが付いています。
Aさん:「フィアットってイタリアの自動車メーカーじゃないですか、自転車も作っているんですか?」
Bさん:「いえいえ違います、これはただの名前貸しで、本当は中国製で、フィアットはタッチしていません、残念でした?」
 という訳なんですが、実際に乗ってみるとハンドルが低ので前傾姿勢になり、小さくて軽いので、なんだかキックボードと自転車の中間みたいな感じです。
それがまた楽しい。小さい自転車って楽しい。

2015年6月1日(月) 6月の絵 「ショールーム」
 ミニ絵です(B6サイズ)。外車のショールームをイメージしました。
街を歩いていて感じるのですが、ニホン車と外車のショールームでは、趣が全く異なって見えます。
圧倒的に外車のショールームはデザインセンスが良くて美しいです。
クルマの向きや照明の当て方にも、とても気を配っているのが見て取れます。
やはりそこは数百万円もする物を売る所ですから、それなりのオーラを発するように周到に用意された場所なのですね。
百貨店の美術・宝飾品売り場と通じます。
その点から言うとニホン車のショールームは、家電量販店といった感じでしょうか。
いずれにしてもクルマを運転しない私には用のない場所なんですけれども・・・。
キラキラ輝いている外車のショールームに魅せられて描きたくなった次第です。

2015年5月10日(日) 砂時計
毎朝のコーヒーはプレス器で淹れている。これがいちばん美味しい。
豆はフレンチローストに限る。プレス器に浅い焙煎の豆は合わない。
器に豆と湯を入れるだけの簡単な方法だ。湯を入れて4分経ったらプレスしてカップに注ぐ。
この4分を計るのにキッチンタイマーを使っていたことがあったが、ピピピピッという音にドキッとして、どうも趣がなくてよろしくない。
時計と睨めっこするのも面倒だ。それで最近は見当で淹れていた。
以前、銀座駅ナカのコーヒーショップでスペシャルティーコーヒーを注文すると、このプレス器に入れたコーヒーと砂時計を持ってきてくれことがあった。
砂時計は趣があって、睨めっこしていても飽きず楽しい。
それで4分の砂時計があるか探してみた。
東急ハンズにあるかと行ってみたがなかった。ネットで探すとやっぱりある。
今は何でもネットならあるのだな。
本当は店頭で実物を手に取って買いたかったが、贅沢の上に贅沢を言ってはいけない。
実際に使ってみると。4分というのは見当で思っていたよりもずっと短い。
気がつくといつの間にか砂が全部下に落ちている。
正確なものかデジタル時計で調べてみたが誤差のない正確な砂時計だった。
あー、こんなふうに人生は自分の思っているよりもずっと速く過ぎて行くのか、などと壮大な感慨にふけらせてしまう砂時計であった。

2015年5月1日(金) 5月の絵「ペガサス」

 最近、疾走する馬に翼が生える映像のテレビコマーシャルがありましたが、それに感化された・・・わけではなく、1年前に制作した絵です。
もっと気の利いたタイトルにしたかったのですが、結局思いつかず「ペガサス」という見たままのベタなものにしてしまいました。

これはリアルなメリーゴーランドを想定して描いていません。
だって翼が邪魔で人が乗れませんから。
だからこれは置き物です。
ゼンマイをまくとオルゴールが鳴ってクルクル回ります。
でもオルゴールの機械が入るスペースが薄いような気がします。
では、照明という事にしておきましょう。
これはメリーゴーランド型のランプです。


2015年4月20日(月) 続・定期購読
 我が家にはもはやネコの姿はないが、心の中にずっと居る。
家族と春の彼岸供養でペット霊園へ行った帰り、ついでに久しぶりに石神井池に寄ってみることにした。
池の周辺でノラネコを何匹も見かけたのが十数年前で、それ以来だ。
駅から池へ向かう途中、ギャラリーショップを見つけた。
その店先に「猫とも新聞」という月刊誌(新聞)のサンプルが置いてあり、何気に手に取り持って帰った。
最近は本屋で沢山のネコ雑誌を見かけるようになったが、どれもアイドル誌並みにグラビア満載で、後ろはキャットフードとネコ用品のカタログみたいだ。
この「猫とも新聞」は紙面は少なく地味だが、ネコ好きの心をくすぐる記事が楽しく、保護猫の活動なども載っていて、いいと思った。
それで定期購読をすることにした。

2015年4月13日(月) 迷う時は・・・
 以前定期購読していた美術情報誌から再度の購読依頼の書簡が届いた。
年間割引があり、どうしようかかなり迷ったが、やめることにした。
情報と言っても業界のウラ事情などは載せられないし、自分と同業者(?)の表立った活動が主な内容で、こういった情報からは暫らく距離を置きたい気分だからだ。
人がどんな作品を作っているか、どんな展覧会が開かれているか、最近はあまり興味がなくなってきた。
情報はもう充分な気がする。
それより頼りなく心がふらついている自分自身の事を気に掛けた方がいい。
自分の今できうる限りでのペース(つまりスローペースということ)で、自分が描きたいと思う世界を雑念なしで、日々描き続けられたらいい。

2015年4月1日(水) 4月の絵 「アーバンライフ」
 制作メモ :
夜の都会の片隅。
この冬も寒くて、ずっと穴の中で寝ていた。
やっと気候がよくなったので穴から抜け出し、町に下りてみた。
カフェでコーヒーを注文し、テラスに出て席を取る。
春の夜気が気持ちいい。
半年ぶりのコーヒーの味は格別だ。

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(ウラばなし)
完成当初この絵はクマではなく若い女性でした。
ただ、どうもぎこちなさが目について仕方がなかったので、発表をためらっていました。
ある日、ハッと思いつきました。
「藤沢さん、動物描きなよー」と言ってくれたM.S.さんの言葉を胸に、「そうだ、この席にはクマの方が相応しい。」と思い、描き変えた次第です。M.S.さん、ありがとうございます。

2015年3月21日(土) デルズのこと
 制作中はいつも音楽をかけている。
私の10代後半はアメリカのヒットチャートに夢中になっていた。
土曜日のラジオで発表されるトップ40を1位から40位まで、毎週几帳面にノートに取っていた。
今ならクラスメートにこう呼ばれるだろう。全米トップ40オタクと。
そのノートの余白に真鍋博さん風のイラストを描き出したのが絵の道に入る最初のきっかけになったのだが、その話は置いといて・・・。
去年も書いたが、最近ドゥーワップをよく聴いている。
ゆったりとしたテンポと暖かなハーモニーが心地よく、絵のイメージを膨らませるにも絶好のBGMになっている。
最近デルズ(The Dells)というR&Bコーラスグループを知った。
50年代にドゥーワップから始まり、60年代後半から数多くのヒットを放ち、不動のメンバーで大変息の長い活動(~2012年!)を続けたことで、多くの音楽ファンとミュージシャンから絶大なリスペクトがある。
そんな履歴だけでも感動ものだが、歌そのものがとにかく素晴らしい。
ソウルフルなシャウト系とファルセットの掛け合いのボーカルに、どっぷりと聴き惚れる。
私が10代後半の頃、デルズはラジオでかかるヒットチャートには登場しなかったので、今になって知った。
自分にとってデルズを聴かない人生と聴く人生とでは、大きな違いだ。
本当に良かった。出会いに感謝!デルズに感謝!

2015年3月9日(月) 私の指南書
 買って一度読むと、その後もう一度読み直す事のない本は結構あるものですが、今までに何回も読み返した本というものもあって、これは心の滋養であり、人生の指針でもあります。
 小説の挿絵を多く手がけ、沢山のすばらしい仕事をなされた画家、風間完さんの「エンピツ画のすすめ」という文庫本(朝日文庫)が、私にとってのそれです。
 語りかけるような平易な文章で、絵をこれから描いてみようと思っている方の入門書でありまた、絵画の深い本質的な事を味わい深く書かれた、私のようないつも道に迷いながら描いている迷子画家にとっての指南書でもあります。
 とりわけ読み返す度、心に強く響くのは「まとめ」と題された後書きで、中でも次の言葉は私を叱咤激励する神様の言葉(天の声)のようです。
 「・・・要するに何を言いたかったかと言うと、時間がかかるのだということを言いたかったわけです。ですから今あなたが、たとえば無理解や無視されている中で絵の勉強と制作をしていて、しかも自分の仲間や知り合いが一見世の中に認められたような形になって、柔らかい椅子に坐って幸せそうだと、あなたの眼に映ったとしても、決してそれを羨んだり悲観したりしないようにしていただきたいのです。つまり他人は他人、自分は自分なのです。絵を描く人はこつこつと自分の道を歩いてゆくこと以外に何もありはしません。・・・」
 全くその通りです。この道は「覚悟」を持って歩まなければいけません。日々の生活に忙殺されていると、そんな当たり前に持っているべき「覚悟」を忘れてしまいます。だからときどきまた読み返しています。

2015年3月1日(日) 3月の絵 「花屋」
 何枚か夜の絵を描いている間に、ときどき昼間の絵も描いている。夜の絵ほど個性的ではないし上手くもないので、人からの評価も低い。
パッと見て藤沢の絵だと分からない。強い思い入れが、夜の絵ほどないせいだろう。
画家もそれぞれモチーフに得手不得手がある。得意な分野で認めてもらう方が近道だ。だから昼の絵は段々描かなくなってきた。
でもやっぱり描いてみたくなるのだ。遠回りしたくなるのだ。もはやこれは私の習性なのだと思う。
世の中の価値観の基準からは、「遠回り」とか「寄り道」はムダで、カイゼンの対象でカイカクされるのだろうが、そういう所から一歩引いた所に居たかったから画家の道に入ったとも言える。
だから、これでいい。 
 

2015年2月15日(日) 入魂の絵が描きたい
 最近、絵を描いていて思った。
ただ絵を描いているのではなくて、絵に魂を入れ込む魔法をかけながら描いているのだと。
この魔法は(自分のような)未熟者には難しい。
魔法をかけたつもりでいても、少しもかかっていなかったりする。
見事成功すれば、その絵を見た人はその魔力に魅せられるだろう。
でもこの魔力も万人に通じるわけではない。
同じ心の波長を持った人でなければ、周波数の合っていないラジオと同じで、無音かノイズでしかないのだろう。
この魔力は時の経過とともに弱まってゆく傾向にある。
いつも眺めていれば飽きもするし、麻痺もしてくる。
しかしそれでも時の経過をものともせず、魔法が解けないまま魂の入った絵は、長くこの世界にとどまっていることだろう。 
 

2015年2月1日(日) 2月の絵 「満ち足りた部屋」
 枚数が描けず制作が遅いのは、自分の作風もあるけれども、気分が疲れやすくてついつい気が抜けてしまう怠け癖のせいもある。
制作量は少ない代わり、作品になっていないエスキース(下描き)は実作品の10倍はあるだろう。
大部分はジャンクのようなものだが、いつか作品にしようと大事に温めているものも少なからずある。
これもその一つ。ミニ絵だが、やっと絵になった。
こういう夜の室内風景は学生の頃から描いていた。
久しぶりに描いたが、やはり原点に戻ったようで、自分らしさの再確認になった。
ついさっきまでそこに誰かがいた人の温もりがあるけれども、時間だけが静かに流れている、そんな絵。

2015年1月12日(月) スマホでご覧になれます
 とうとうアイフォンを持つことになりました。ということで、自分のこのサイトを検索したら、
あれ?not found ではないですか。
ということは昨年5月にスマホ用サイトをホームページビルダーで作ってアップしてからずっと表示されなかったということ・・・。
マニュアルに書いてある通りに設定したつもりが、そうなってなかったということですね。
せっかく作ったのにちょっとショックでしたが、これからは普通にPC用サイトをそのままアップします。
アイフォンで見てみたら、画面を指ですぐに拡大できるし、スマホ用サイトなんて特別必要ないですね。
なーんだ、そうだったのか。自分で持ってみて初めて分かりました。
これからは普通にスマホでご覧になれますので、隅から隅までずずずいーと、、、お引き立て奉ります。

2015年1月1日(木) 明けましておめでとうございます
 本年もよろしくお願い申し上げます。
今年初めの今月の絵、「静物(遊園地)」です。
銅板画家の長谷川潔や、油彩画家の長谷川潾二郎の作品ような、凛として静かな佇まいの静物画を描きたいと思いました。
静物画とは言っても今までと同じやり方(物を見ないで想像で描く)でやっているので、本当の静物画とは言えませんが・・・。
静謐感の漂う机上の小さな宇宙を、自分の気に入ったモチーフを使って作りたかったのです。
 
 
 
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